【連載29】チャック近藤の昔々

昔々第29回

FC会報誌「C.K.Press」(1997年~)でインタビュー掲載したものを、 月に1度連載します。
ドキュメンタリーでお届けしています。

過酷な毎日の演奏に加え悩みも大きなチャックさん。でも辛いことばかりでもありません。念願のオリジナルライブやファンとのスキーツアーなど、一人で段取りしたりで忙しい日々を送っていました。

安定期に入って行ったと思われるが、果たして!?

お店は順調に毎日満員の状態で、最初のころを知らないお客さんは閑古鳥だった時期があったなんて、私ももちろんですが全く想像が出来なかったでしょう。

そんな頃にチャックさんは新メンバーにチャンスを与えたそうです。それはどういうことかと言うと「自分はポールだぜと言っていた彼だから少しレパートリーを増やしてあげようと、これまでは自分が歌っていた曲を新メンバーにと思って何曲かテストをしてみたんだよ」。なるほど、それでどうだったんですか?「う~ん、当時のリード・ギターの源ちゃんは殆ど歌っていなかったからその分、だからジョージの曲とかね。」って、で、チャックさんが歌っていたテストした何曲かはどうだったんですか? 「正直、とてもイタダケルものではなかったね。なので新しく上げる曲に関してはなるべく新メンバーに歌わせようと」

ダメでしたか。でも彼は若いこともあって、徐々に増えて行った若い女性客に人気が出ていましたよね。「でもやはりプロとして、そんでまたビートルズのライブハウスとして常勝巨人軍のようにトップでいなければという重圧もあり、よりよい演奏、歌を心がけてやるには当時のLadyBugのように役割云々より出た音が良いか悪いかだったんだよね。分かる?」分かりますよ。当時私も含め、どの曲がジョンだとかポールだとか分からないお客さんも沢山いましたからね。でもLadyBugの演奏を聴いて楽しんで、本物のビートルズを聴いてみようと思った人も多かったんですよね。「かなりビートルズの購買促進になったと思うんだけど東芝EMIから感謝状なり来ても良いと思うんだけどな。」そうですよね。私もそのうちの一人ですからね。でも毎日満員のお客さんと頻繁にくる取材などで休憩時間も忙しかったですよね。「うん、一番悩み多き最初の5年間は海外の新聞はノルウェイとかアラビアとか、メディアはBBC, CBS, ABCなどなど世界中からだったね。インタビューはどれも英語でね。質問に答えるのが大変だった。なかでもまだテレ朝に間借りしていたCNNがアメリカ向けのチャック近藤の特集番組を作ってくれてね。」え、そうなんですか? 何でLadyBugではなくチャックさんの特集なんですか?「そうね、大体日本のメディアはお店の取材で、海外のメディアはそこで演奏をしている人を取材するって感じだったな。」とはいえチャックさんの特集ですよね。「そうなんだよ。実はまだお店で踊ってもいい時期から来ていたジョンと言う男で、こっちから見てみればナンパ目的の不良外人と思っていた男がオレにやたらとなついてくるのがいて、そもそもはよくあるアメリカから来て英会話教室でバイトしている男で、彼は将来カメラマンになりたいと言っていたんだ。それである日来店したときにCNNに仕事が決まったと嬉しそうに報告に来た。そんな事があったある日に店からCNNの取材があると。」でも取材は結構あるので特別な事ではなかったんですよね。「そうなんだけど、そこでCNNを名乗って来たのがジョナサンという助手とインタビュアーとジョンだった。」えーっ?早速CNNとして来たんですか?「そーなんだよ。そう言えば彼は『カメラマンになれたらお前の特集するからな』なんて言っていたような。」でも彼はまだCNNに入ったばかりの人ですよね。どうしてそんな企画が出来たんでしょうね。「そこは分からないけど彼はどや顔で来たよ。その特集はアメリカ向けで観ることは出来なかったけど、後にそのテレビ番組を観たというアメリカからのお客さんが来たこともあったな。」凄いですね。世界に知られたLadyBugとチャック近藤なんですね。

心無いお客さんは帰ってもらいました

毎日お客さんが100人以上となると色々な人がいまして、学生時代にバンドやっていたとかいう人も多くて、ステージを降りるたびにあそこが違う、ここが違うと意見を言う輩も多く、チャックさんはその都度聞いていたそうです。「色んな聴こえ方があるだろうけど意見をくれたお客さんの90%はハズレだったね。でも言われたことは家に帰って必ず検証してみたよ。」残りの10%はアタリだったんですか?「うん、アタリと言うか何と言うか、なるほどそういう風に聞こえるんだとか、感慨深く勉強になったよ。それもこれもビートルズが好きこそなればだもんね。」

さてステージは10曲平均で合間にはトークで和ませて、そのトークも気に入って足を運んでくれる落語家さんもいて『良いねアンタのしゃべりは自由で』なんていわれたそうです。確かに落語には台本がありますものね。『今日もアンタの話し聞きに来たよ。』なんてお客さんも居たそうでした。

ところが中には話している途中で『良いから早くやれよ』とか『さー行こう』なんて割って入ってる人もいて場がシラケることも時折あったようです。そこでのチャックさんの対応は『さー行こう』と言われたときは「え、最高すか?」なんてはぐらかせていたそうです。そんなには多くはなかったけど罵声や態度で嫌がらせをする人もいて、新メンバーは若いこともあって結構血が上ったりしたこともあったのをチャックさんは何度か鎮めたことがあって、あまり酷いと思ったお客さんには帰ってもらったそうです。でもどうやってお帰り頂いたんですか?「頭下げて、お帰りくださいと言ったんだよ。」それで帰ったんですか?「そうも行かない輩には、お願いしているうちに帰って下さいといったよ。そしたらね他の楽しんでいるお客さんが『おい、チャックが怒って帰れって言ってるぞ!』って。そこから内容も分からないのに場内が帰れコールが起こったこともあったな。良い時代だった。懐かしい。」でも会社からはお客を帰らせるなんてと怒られたそうです。チャックさんは「毎日がお客さんとの闘いだとは思っていたけどこういう事ではないし、心無いお客の為に他のお客さんがシラケてしまうのが嫌でね。何回かお客さんにお帰り頂きました。」え、何回か帰したんですか?そのたびに会社から怒られていたんですか?「まあ何回もと言ったって頻繁ではではないけど、数回やったな。でもそうなると不思議なもんで会社も『チャック、またやったか』で済んじゃった。」そんなもんですかね。でも良かった良かった。

オリジナル・コンサートにスキー・ツアー

そもそもオリジナル思考だったチャックさん。LadyBugもオリジナルで勝負したいと思ったのだが、どうやら積極的だったのは新メンバーだけだったようで他のメンバーは付き合い程度だったとチャックさんは言ってました。でも2か月に1回は渋谷はEggManでオリジナルライブを開催。当初事務所としての考えは同じ事務所のREVOLVERは古いし、格上の扱いだったのでLadyBugは前座のような扱いだったそうでした。しかしいざ蓋を開けてみると前座扱いのLadyBugが終了してREVOLVERの演奏になると半数以上のお客さんが帰ってしまいました。そんな事もあって2回目からはワンマンでやることになり、毎回沢山のお客さんが来てくれる事もあり、まるでレギュラー・バンドのようにやりたいときに出演させてくれたそうです。そんな励みもあり、新しい曲を書き、積極的に参加していた新メンバーには曲を与えて、その曲(シャドウ・ダンサー)が評判良かったりでチャックさんには希望が膨らんだそうです。しかし残念ながら事務所としてはREVOLVERにしか力を注がず、後日談ですがLadyBugのオリジナルは毎日のビートルズから離れる気休めでやらしただけ、という事だったのだそうです。「一生懸命やったし、楽しかったけど、まあ、オレの才能がそれまでだったってことだね。」いやいやそんなことはありませんよね、皆さん

大阪キャヴァンMATCHBOXのメンバーと

スキー・ツアー開催、ゴルフデビュー

何とかLadyBugのコミュニティーを膨らませようと考えたのがスキー・ツアーだったそうで、チャックさんは持ち前の運動能力だけで経験していたスキーのツアーを目論んだそうです。言い出しっぺのチャックさんはホテルを紹介してもらいバスを手配し、って全部やったんですか?「だって誰もやってくれないもん。」チラシを作り、勧誘して回り何とか大型バス1台を借りてスタートしたそうです。2拍3日で行き先は白樺湖のロイヤルヒル・スキー場。本人も楽しくバンバン滑ったそうで、これを年中行事にしようと思ったのでした。2回目になるとビデオカメラを手に入れて滑りを取るぞと大はしゃぎ。きっとカッコよく滑っていると思ってビデオを見たら顔から火が噴いてめちゃくちゃ恥ずかしかったそうです。何でまたそんなことになっちゃったんですか?チャックさんはスキーが上手くてスキー・ツアーではスキー・スクールが如く習いたい人たちが列をなしていましたよね。「そうだったね。でもそれは3回目からで、自分の滑りがあまりにも酷かったんでNHKのTVスキー教室を必死で観たり、一人でスキーに行ってコツコツと練習したり、そりゃあもう研究したよ。そしたら毎回参加してくれている人が『チャックさん、去年の滑りと全然違うんですけど一体何があったんですか?』なんて言われてね。でも1回目から参加してくれた人の中に上手い女性がいてね。憧れてたんだけど、それから2,3年経って偶然石打丸山スキー場で会ってね一緒に滑ったんだよ。」へー、数あるスキー場でばったりですか。「彼女は師匠とかいう人と5,6人で滑っていてその中に入ったんだけど、オレがコブをかわして降りたときにその師匠から『よし!』なんて言われちゃって。」憧れている人の師匠から認められたんですね。嬉しかったでしょう?「その師匠は初対面だったからね。でもその後に憧れの彼女に『もうチャックに抜かれちゃったね。』って言われた時にはホントに嬉しかったな。」そんな事があったんですか。それは嬉しかったでしょう。そう言った事もチャックさんを支える原動力になっているんですね。

何年か経つとチャックさんを兄貴みたいにしたって来て何かとプライベートに誘う男性がいて、そのころ始めたテニスをやったりで仲良くしていたのだそうです。そんな中、チャックさんがゴルフをやりたいと言ったら、じゃあ連れてってあげるとなり、晴れてゴルフ・デビューとなったのでありました。その上調子に乗ってデビュー1年くらいで『チャック杯』なるコンペを開催して、何と24回も続いたそうです。楽しかったんでしょうね。

さて今回はいつもより長いお話しで、しかも楽しいお話が多くて私も少しホットした気分になりました。でもチャックさんの心中をわからん輩が我が物顔でいるのも確かです。さてこれからどんなお話が飛び出すでしょう!?次回もおっ楽しみに~!