【連載6】チャック近藤の昔々

FC会報誌「C.K.Press」(1997年~)に掲載したものを、 月に1度連載します。(画像が不鮮明ですが何卒ご容赦下さい)


昔々第
6

いよいよ社会人に!いかなる試練が待っているのやら。

初の社会人生活

順調にというべきか、はたまた中流家庭に育っていれば良かったのか、せっかく高校生の時に大学からお声が掛かったのであれば、親の助力により進学し、適当に野球をしながら音楽もでき、しばらくは、のほほーんと学生生活にうつつを抜かしていられたものを現実はそうでなく、学生生活とは縁を切り就職するということに相成ったのでございます。とはいえ就職活動をするでもなく、先輩の好意に甘んじ紹介された設計会社へと進むのでありました。

この頃の幸雄「ほぼ」青年は理想はあるものの、野望とまでは行かなくなんとなく十代の終わりを待っている不甲斐ない生活を送っていたのでありました。この頃起きたことといえば高校時代の終盤に紹介された女の子の尻を追っ掛けていると思えば軽くフラれ、世の中を見渡せば学生運動にアポロ11号の月面着陸で賑わっているという時代でした。

とはいえ何にもいいことが無かったわけでもなく、入社した設計会社の親会社からお声が掛かり、大会社でタワーパーキングなるものの電気設計を仰せつかり、言わばエリートコースに乗ったのでありました。20人ほど入社した子会社には普通校を出た者は幸雄「ほぼ」青年一人で他はみんな工業高校出なのに、なんで?という疑問がありつつも豊洲の大会社へ異動となったのでございます。

そもそも就職なんてぇものは惚れた女の子に安定した自分を見てもらいたいと思ってしたこと。ところがスットコドッコイ、フラれちまったんじゃぁ笑っちまう。チャンチャラ可笑しくて毎朝通ってぇなんかいられるかい!という訳でもないが集中しないのも当たり前、のらりくらり図面を書いている。そのうち上司から「こうしなさい」と言われこうしたら「なんでこうする!」という事が続き、ムラムラと「図面なんか書いているくらいなら譜面を書いているほうがマシじゃい」と出社拒否。慌てた上司は家まで給料を届けてくれ説得。妥協ということを知らなかった幸雄「ほぼ」青年はそのまま退社ということになってしまったのであります。妥協?そりゃ妥協じゃないよ、わがままだよ。いやいや若気の至りとはいえ何とも勝手な理由で会社を辞めたもんでござんすねぇ。

会社辞めました…

親元で生活をしているとこんな事が出来てしまい、家の貧乏を横目に生活費ならぬ小遣い稼ぎをしなければと思った幸雄「ほぼ」青年は区役所のアルバイト。学事係に文化係、はたまた国税調査の統計まで渡り歩いたのでございました。

アルバイトの中でもお弁当屋の配達は長く続いたのであります。朝5時出社で9時前には配達を終了し、しかも配達のバンは自由に乗って帰れるというものでありました。こんなんでござんすよ。自由な時間が多く、しかも楽器の運搬に困らない。こんな単純な理由で2年近くも朝5時出勤をやっていたのでございます。

そういえばどこで働こうかバンド活動は続けておりまして、この頃のバンドはトリオでバンド名は「54」英語で「フィフティフォー」と言ってたんです。ロックをやっていたのでロック54(6×9=54)。「いやー洒落ですよ、ジョーク、ジョーク。」だそうです。

ほぼ青年期の音楽活動!

この「54(フィフティフォー)」の練習の場はギターの鈴木 登君の家。彼の家は文京区は小日向にあり紙工場を営んでおり、工場があったので工場が止まっているときは「小日向スタジオ」(勝手に命名)に変身し、近所の苦情を気にしつつも思いっきり練習に励んだのでありました。コーラスや細かいところ、はたまた麻雀の練習は2階の彼の3畳の部屋「第2スタジオ」で行い、今のチャックさんのテクニックや音楽性はほとんどここで作られたのだそうです。

そんな20歳になった頃、仲間の役者志望の宮川君(フジテレビ鬼平犯科帳で同心松永弥四郎役を演じている)がニッポン放送へ「54」のテープを送り、音楽評論家の朝妻一郎氏の耳に留まりテストレコーディングへの運びとなったのでございます。驚くことにこの朝妻一郎氏は高三の時のライト・ミュージック・コンテストの審査委員長だったのです。さらに驚くことにニッポン放送の一番大きな第一スタジオで7、8時間も借り切り、3曲の録音をしたのでありました。途中ムッシュことかまやつひろし氏も顔を覗かせたのを覚えているそうであります。

そして朝妻氏が紹介してくれたのがCBSソニー。担当プロデューサーは元「ランチャーズ」の堤氏。堤氏は洋楽部でした。なぜならば「54」のオリジナルはすべて歌詞が英語だったからなのであります。早速CBSソニーでもテストレコーディングを行ったのでございます。場所は六本木近くのCBSソニーのスタジオで、ここでもまたまた一番広いスタジオへ。入り口付近では女の子達が数人ウロウロと。「俺たちのレコーディングにもう女の子たち嗅ぎつけたのか」と驚いたものだったそうですが、階上のスタジオでは「フォーリーブス」が録音中。なーんだそのせいか。

さてさて、いよいよ音楽活動本番か!幸雄「ほぼ」青年も20歳を迎え立派?な青年となって行くはずですが、いかなる試練が待っているのでしょうか。次回もお楽しみにー!