【連載27】チャック近藤の昔々

FC会報誌「C.K.Press」(1997年~)にインタビュー掲載したものを、 月に1度連載します。

連載第27回

 オープンから1年も経たずにメンバーが2度も入れ替わり、また新たにメンバーを決めなければならなくなったチャックさん。しかも半年で8kgも痩せてしまったそうで、この先も苦労が絶えない毎日を送ることに。

ついつい熱心に負けてしまったが、。。

 オープンから1か月は休みなし、年末年始の4日間の休みを経て正月は4日からスタートだそうで疲れもとれぬまま再スタートです。何でも新年から月4回のお休みが貰えたそうであります。それと言うのも休むには変わりのバンドが必要なのですが、若い元気な「アロアナ」というバンドが登場したのであります。おかげでお客さんの出が比較的少ない日曜日に休める,おや⁉月4回ですよね。日曜日が5回ある月もありますよね? 「そーなのよ、そういう月は2週間ぶっ通しって訳」。そりゃあオープン時の無休に比べれば良いですけどね。

さて、肝心のメンバーは決まったのでしょうか。「それがね、オープン当初から彼女を伴ってよく俺の目の前のテーブルに座る若者がいたのよ。」って、お客さんですよね。「そーなんだけど、実は顔見知りでね。源ちゃんのバンドのメンバーで会ったことがあったんだ。その時も『オレは日本のポールだ』なんて豪語してたらしいんだヨ」相当の自信家ですね。あのーそれは良いのですが、新メンバーの話なんですけど。「そー、そこなんだよね。彼はいつも目を輝かせて聴いていたよ。そんで新メンバーを決めなきゃいけない時期にきて。うっかりやりたいのか?って聞いたら食いついてね。」なるほど、それで実力のほどは大丈夫なんですか? 「またしてもそこなんだよね。事務所の社長に彼の事を打診したら大反対。当時同じ事務者だったからよく知っているんだよ。」なんでまたそんなに大反対なんですか? 「そんで彼を知っている仲間にも聞いてみたら驚くことに100%ダメ出し。なんでダメかは単にまだ未熟と捉えてしまったオレは、若いんだし熱心だしこれから仕込んでいけばきっと上手くなるだろうと踏んで社長を説得し続けた結果、社長はついに『あんたが良いんならしょうがない』という事になり新メンバーとして迎えたわけ」新メンバーが決まったのに何でそんなに暗い話し方なんですか? 「それはこの事がチャック近藤一世一代の失態、まあそんなとこかな」えーっ!?

日テレ生放送・ビートルズ・ベスト20

 嬉しい誤算のおかげで取材やテレビも多くなってきたところで、何と日テレの生放送の出演が決まったそうで、チャックさんは特には気にも留めていなかったのだけれど、まあ店内がひっちゃかめっちゃかで。満員のお客さんのところに放送のための太いコードが店内を張り巡らされ生放送の大変さを感じたそうな。その上ちょいと問題が起きたそうで。それと言うのも新メンバーが決まっていたにも関わらず、不満?だった事務所としては新メンバーではダメという事で、この放送までは松田さんを引き延ばすようにとのお達しだったのだそうでした。てなわけで放送が行われたこの日まで松田良で行くことになりました。放送をご覧になった人は契約が切れていた松田さんの在籍してたLadyBugをご覧になったという訳です。当時青春期だった方々はこの放送がかなり印象的だったようで、チャック近藤なんて知りもしなかったのだけれど、あのナチュラルカラーのRickenbackerのベースをかついで”All My Loving”を歌っている姿が思い出されると数人の当時の青年から聴いたことがありました・

放送と言えばズーっとステージにスタンバっていたものの初めに言われていた”While My Guitar Gently Weeps”以外はどんな曲を振られるかは分からず、重いRickenbackerのベースを抱えたまま順位のカウントダウンを聴いていたところで「それでは第6位の曲は六本木から演奏してもらいます。植田(繁樹)さーん」と振られ「ではLadyBugの皆さんに演奏してもらいましょう。第6位は”All My Loving”」どの曲が来るか分からずベースを持ち替える暇もなく’Close your eyes,…’と始まったんだよね。

チャックさんはこういったことも前向きに捉え、新メンバーは良い刺激になり頑張ってくれるだろうと思ったのだがこれもそうは行かなかったのだそうです。「色んな苦い経験や悔しさを体験して人は成長していくと思っていたんだけれどね。」そう言った事も若き新メンバーを感じ取ってくれると思っていたんですね。

 

久々のCMソングの依頼がチャックさんに

その翌年だったか、久々に今度はチャックさんにCMソングの依頼が来て「君は今バンド持っているんだから、LadyBugで行きましょう」と。ありがたい話じゃないですか。

毎晩と言うか、深夜の翌2時30分まで演奏して疲れてはいるものの良い話しだと朝からのレコーディングに挑むべくスタジオへ。メンバーへ譜面が配られてまずリズムセクションの録音が始まり、2テイク位やったところだったかディレクターや作曲者がスタジオ内に来て「君はいいから」と新メンバーに外れるようにと。チャックさんは「やっぱまだ使えないんだな」と思ったそうです。でもしかしチャックさんは日テレの放送の時同様「こういう事も刺激に」と励んでくれるだろうと思ったそうです。しかしどんだけ新メンバーに期待し諦めなかったんですか? 「そうだね、本当は考えても良かったんだろうけど当初の熱心さが脳裏にあってね」とは言ってもプロの仕事としてはまずいんじゃないですか? 「そうだよね。でもまだ1年足らずだったし不思議と期待度の方が勝っててね」。そんなこと言っていて良いんですかね。「うーん、そうだねプロとしてはまずかったね」でしょ? でも何とかバンドを進め、リクエストに答えるべきレパートリーを増やし、必死にやってきたチャックさん。困難な中でもお客さんの中には厳しいことを言ってくる人も数あれど、優しく癒してくれるファンもたくさんいてくれたから乗り切れたのかもしれない。

とは言ってもこれからも悩みは多く、試行錯誤しながらバンドを進めて行ったチャックさん。まだまだ困難は続きます。なんと5年という長い間悩み続けることになるそうです。苦悩との闘いで、何とチャックさんが占いに頼った時期もあるそうです。そこまで追い込まれていたんですね。「何だか暴露本みたいになっちゃいそうで気が進まない部分もあるけど、これもチャック近藤、ひいてはLadyBugの歴史でもあるからね。」という事で、次回は苦悩の期間のお話になるのかな?外からでは分からない事情をお話ししてもらいます。おっ楽しみにー!